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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)759号 判決

控訴人

長尾正人

右訴訟代理人

田島昭彦

被控訴人

池崎義続

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

一、原判決二枚目表五行目及び同裏一二行目に「池崎カズエ」とあるのを「池崎カズエ」と各訂正し、同裏一行目から九行目までの全部を次のとおり改める。

「2 控訴人の答弁及び主張

(一)  請求原因(一)及び(二)の事実は認める。

(二)  控訴人は、本件公正証書記載の日に、その記載のとおりの約定で、訴外林口実のほかに被控訴人をも連帯債務者として同人らに金四〇万円を貸与した。

(三)  かりに右主張が理由がないとしても、被控訴人は、本件の金銭消費貸借の契約書が作成された昭和四四年八月三〇日から数日後に、北九州市小倉南区にある長野のゴルフ場付近において、控訴人に対し、右契約の連帯債務者となることを追認した。また、被控訴人は、昭和四九年一〇月一八日本件公正証書に基づく強制執行の際、執行官に対し、右契約の連帯債務者となることを追認した。

(四)  かりにそうでないとしても、被控訴人は、訴外林口実が本件公正証書記載の日に、その記載のとおりの約定で控訴人から金四〇万円の貸与をうけるにあたり、右林口の控訴人に対する債務の連帯保証をなしたものであるところ、本件公正証書作成の際、誤つて被控訴人を連帯債務者と表示したものである。しかしながら、本件公正証書は窮極において金四〇万円の強制執行実現の手段であるから、このような誤りがあつてもその執行力に支障を来すものではない。」

3 控訴人の主張に対する被控訴人の答弁

控訴人の前記2の(二)、(三)、(四)の各主張事実は否認する。

二、原判決二枚目裏末行に「同第五号証及び」とあるのを削除し、同三枚目表二行目に「不認」とあるのを「否認」と訂正し、同表三行目に「成立は不知、」とある次に「同第五号証中郵便官署作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知、」を、同五行目から六行目にかけて「原告作成部分の成立は否認」とある次に(ただし、被控訴人名下の印影が被控訴人の印章により押捺されたものであることは認める。)」を、それぞれ加え、同八行目に「提出し」とあるのを「を提出し」と訂正する。

三、控訴代理人は当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、当裁判所は職権で被控訴人本人を尋問した。

理由

一控訴人は福岡法務局公証人村上三政作成第六三八四号金銭消費貸借公正証書(本件公正証書)に基づき被控訴人に対し貸金債権ありとして、昭和四九年一〇月一八日被控訴人所有の有体動産につき強制執行をなしたこと、右公正証書によると、控訴人は昭和四四年八月三〇日被控訴人、訴外林口実、同池崎カズエらを連帯借主として右三名に対し金四〇万円を被控訴人主張のとおりの約定で貸与した旨記載されていることは、当事者間に争いがない。

二控訴人は、本件公正証書記載の日に、その記載のとおりの約定で、訴外林口実の他に被控訴人をも連帯債務者として同人らに対し金四〇万円を貸与した旨主張し、甲第一号証(本件公正証書謄本)、乙第六号証(本件公正証書正本)には、右控訴人の主張にそう記載があるが、後記認定の事実に照らして考えてみると、右の記載のある事実から控訴人の右主張事実を推認することはむづかしく、他にこれを認めるに足る証拠はない。

かえつて、〈証拠〉を総合すれば、(一)控訴人は、昭和四四年八月頃訴外林口実に対し三回にわたり合計金四三万円を貸与したが、同月三〇日頃同訴外人に対し内金四〇万円の債務について保証人を付けることを求めたところ、同訴外人は、自己の内妻の訴外池崎カズエとその弟である被控訴人の二人を保証人にしたいと申し出たので、控訴人はこれを了承して、金銭消費貸借契約証書(連帯保証人附)の用紙(乙第四号証の一部空欄のもの)を右林口実に渡したこと、(二)そこで、右林口実は、内妻の池崎カズエを介して被控訴人に対し前記債務の保証人となるよう頼んだところ、被控訴人は自ら自己の印章と印鑑証明書(乙第八号証の二)を右林口実方に持参したので、同人は、前記金銭消費貸借契約証書に連帯保証人として被控訴人の氏名を記入し、公正証書作成嘱託の権限を代理人に委任する旨の委任状(乙第七号証)の委任者の欄に被控訴人の職業、氏名を記入し、右各被控訴人の氏名下に、被控訴人の印を押捺したこと、(三)その後、控訴人は、同年九月中旬頃、右林口実方において、右契約証書、委任状及び訴外林口実、被控訴人らの印鑑証明書を受取り、昭和四五年二月二六日、右委任状、印鑑証明書等を使用して、訴外林口実、被控訴人らの代理人池永忠徳と共に前記公証人村上三政の役場におもむき同公証人に本件公正証書(乙第六号証、甲第一号証)を作成してもらつたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する原審証人池崎カズエ、当審における被控訴人本人の各供述は措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被控訴人は、訴外林口実の控訴人に対する金四〇万円の金銭消費貸借契約における借主としての債務につき、控訴人に対し連帯保証をなしたものというべきである。

三もつとも、控訴人は、本件の金銭消費貸借の契約書が作成された後、被控訴人が連帯債務者となることを追認した旨主張し、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、本件の金銭消費貸借の契約書が控訴人と訴外林口実間において作成されつつあつた昭和四四年九月頃、控訴人が北九州市小倉南区にあるゴルフ場付近において被控訴人に対し「今度お宅に四〇万円のことでご迷惑をかけますね。」と申し向けたのに対し、被控訴人は兄弟のことだからお互い様である。」旨の返事をしたことがあり、また、その後、控訴人が昭和四九年一〇月一八日本件公正証書に基づき被控訴人所有の有体動産につき強制執行をした際、被控訴人は、執行官に対し、もうかたづいていると思つていた旨述べたことが認められるが、右認定事実のみでは控訴人主張の追認のあつたことを推認するに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。そうすると、控訴人の右主張は失当である。

四ところで、債務名義たる公正証書は、それに表示されている権利及びその発生原因が、実体上それに合致する権利及び発生原因を伴つていないときは、たとい同一の債権者、債務者間にその証書に記載された債権と類似した他の権利が実在していても無効であり、その債権者は実在の権利のために右証書を利用して強制執行をすることは許されないものというべきであるところ、本件においては、前記のとおり公正証書上は、控訴人は被控訴人ほか二名を連帯借主として金四〇万円を貸与した旨記載されているにもかかわらず、実体上は、右のような事実は認められず、被控訴人は、訴外林口実の控訴人に対する債務につき連帯保証をしたものであることが認められるのであるから、本件公正証書は実体と合致しない無効のものであり、これに基づく強制執行は許されないものというべきである。もつとも、債権者が連帯保証人に対して有する権利はその内容において連帯債務者に対するものと異なるところがない上、連帯保証人は債権者の請求に対して催告の抗弁権及び検索の抗弁権を有しないのであるから、連帯債務と連帯保証債務とは差異がなく、したがつて、本件のような場合には公正証書に執行力を認めてもよいのではないかと考えられないでもないが、一般取引界の実情において連帯して借主となることと、連帯保証をなすことは明白に区別されているのみでなく、連帯保証の場合には、なおその保証債務としての付従性を失うものでなく、主たる債務者の抗弁権を援用できる等連帯債務とはその効力において種々の差異があるから、右のような連帯保証債務と連帯債務とを同一視する考え方は相当でない。

控訴人は、本件公正証書は、窮極において金四〇万円の強制執行の実現の手段であるから、実体上連帯保証であるものを誤つて連帯債務と表示していても、執行力に支障を来すものではない旨主張するが、右は独自の見解であつて当裁判所は採用しない。

五そうすると、本件公正証書の執行力の排除を求める被控訴人の本訴請求は正当であり、控訴人の本件控訴は理由がないので失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 右田堯雄 日浦人司)

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